第七話:欲

 

午前九時。

 

日の昇った時刻なのに、この部屋だけが光が入らない。否――――天井の穴から光が漏れている。その光を一身に浴びている者はいる。

上半身には、白のフェイクファージャケットを肩に引っ掛けただけ。蛇柄のスキンパンツに素足。素顔はウェーブが掛かった前髪で素顔が見えないが、その前髪の隙間から覗く凶眼は遠くを貫くように睨んでいた。

スプリングが壊れたソファーに背を預けると、昼間からジャックダニエルの瓶を煽る。まるで口直しのように。

ソファーの下――――喰い散らかした八人の少女。全員が全員、床に裸体で寝そべっていた。

汗だくでまどろむ少女達。全員の顔には苦痛も無ければ、悦楽もない。

少女の表情にあるのは、ガラスじみた無表情。苦痛も快楽も通り過ぎれば、人形のような能面さだけが残る。

男は足元に転がっている女の形をした塊を睥睨し、ジャックダニエルを喉に流し込む。

ソファーに比較的近い位置にいた女は、ヨロヨロと這って(くるぶし)に触れる。

男の杭に触れていた指先で触れる。

 

「もっと、お願い」

 

カクテルのように甘く酔わせる、媚びた声。男に生まれたなら、一度は耳にしたい蟲惑の美声。それをソファーに座る男は鼻を鳴らした。どうでもいいかのように。

確かに良い声で鳴いた女で、喰い散らかした女の中で一番上物である。だが、彼が快楽と苦痛に鳴かしたい女は、ただ一人だけ。この女はただの前菜。故に幾ら喰らおうが、満足感などあるわけが無い。

足を上げて女の口に近付ける。

口を塞ぐためだ。しかし、女は呆けた笑みを零しながら、男の足を丹念に舐め上げていく。まるで、そこから先を期待するかのように、小指から親指まで隅々まで。

 そんな女を見ながら、瞼を深く瞑る。

この中で自分を満たす者はいなかった。ためしに適当な女を(はべ)らせば気が晴れると思って、朝一番に召集してみたのだが、大きな間違いだった。むしろ、欲望はさらに飢えを増す。奥歯が知らない内に歯軋りの音色を発し、口の中に鉄の味が広がった。

 

「苛立っているようですね?」

 

光の当たらない闇から声が聞こえた。

視線を向けるとゆっくり前へ出た大柄の男が、慇懃に一礼した姿を見て失笑した。

 

「何のようだ、黒岩?」

 

足を組んで、背の高い魔術師――――黒岩へ視線を向ける。足を舐めていた少女は、口から離れていった足を追って移動し、また卑猥な音を立てながら舐めるのを再開する。

 

「お前はとっととあの女を連れて来い。「軍」を使って手ぶらな上、ヘマしやがって・・・・・・・・・本当にお前は魔術師なのか?」

 

「あの女魔術師の話ですか? ありえるかもしれませんが、そんなハイレベルな魔術師は少数です。一〇年も魔術に関わっていますが、『魔王の魂』を使役することが出来る魔術師など、少なくとも(ティフェレト)深淵(アビス)に入った者。そんな達人(アデプト)にオレは出会った事がありません。居るとしても、末端たるオレと比べないで欲しい。ちょっぴり傷付きますから」

 

おどけながら肩を竦める黒岩は失笑したが、すぐに態度を改めて話を戻す。眼光も遊びを排した視線で射抜く。

 

「それにあなたのご所望は『退魔家の女』。魔を狩るためだけに業を磨いた魔人。一筋縄ではいかないでしょう。ですが、ご安心を。今日中に連れてまいりましょう」

 

 自信を漲らせ、執事のように一礼すると、濃い闇の奥へと消えていった。

ソファーに座っていた男はまたジャックダニエルを呑みこみ、未だ這うように纏わり付いていた女の腕を引いた。

女の顔には恍惚の表情でその胸に身体を預けていく。

 

日の光を許さない廊下は、淫蕩ですえた匂いが鼻腔を刺激する。

汗や体液の異臭が泥沼のように漂っている廊下から、女の苦悶とも切ないとも取れない恍惚で、人間性の欠けた獣じみた呻き声が響く。

黒岩は廊下に反響する、女の縋り始める声を背中で聞きつつ、口元には野卑な笑みを零す。

 

「精々、思惑通りに役立ってくれ・・・・・・そのためにエサは用意するさ」

 

 黒岩は薄っすらとハイエナじみた笑みをたたえたまま、廊下の先にある光へ向かう。

その頃には女の声が掠れ、長く尾の引く昂ぶりの悲鳴を響かせた。

 

 

 

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